それ以前に書いたコラム

■仕事や毎日の生活でもうどうしようもなく行き詰まってしまったら、何か違う事をすればいい。」

というのを心理学者の河合隼雄さんがテレビでいっておられたのを聞いて、そう言えばわたしも歌を習い始めて随分、元気になったなと、思いあたった事があります。
ひとりでも楽しいと思えるそんな時間は、これからの人生にとても大きなプレゼントをもらった気分です。

絵でも音楽、文学であれ、中年になってこんな風に世界が開けてくるとは思ってもみませんでした。
若い頃とは又違った感性、感覚を自分の中に発見する事が出来ます。

やっぱり、いろんな経験や時間を積み重ねてきた事が無駄ではなかったなと、実感させてもくれます。
思い当たる方は、ぜひお試しください。

■最初の子供が生まれた時、子育てのに関する本をたくさん読んだ。それまであまり小さな子供と接した事もないままいろんな知識だけはとりいれて(もう20年も前の事ですが))、とにかく怒ったり、怒鳴ったりはしないようにと無理をしていた様に思う。

ただ1日中一緒にいて、我慢しているとどこかでたまっていたものが爆発してしまう。自己嫌悪におちいりながらも、同じ事を繰り返し、何年かして3人目の子供が生まれる頃、やっと遅れながらも、どこかおかしいんじゃないかと思うようになった。
怒らなければいけない時は怒った方がいいんじゃないかと考え直した。ただ、良くない事をしたと思った時は、良くないと伝えた。

一緒にいて腹がたつような事をしてきた時は、こういう事をされたら、腹がたつものだから止めなさいと話すようにした。
嬉しい、有難う、悲しい、腹が立つ、子供と一緒にいて自分が感じた事は、出来るだけ伝えるようにした。ついでにまわりの景色やお天気、色々な事を随分小さいと時から、話しかけてみた。

これで3人目からのわたしの子育ては随分楽になった。子供に対して感情的になって怒る時が少なくなったと思う。

「なんだ、そんな事なら最初からやってるわ。」という方もいらっしゃるだろうが、私にとっては画期的な出来事だったと思う。
子供はみんなこちらが思っている以上にいろんな事を理解している。そして言葉を掛けてあげる事でその子自身のもっている豊かな世界を表現する事が出来る様になるのではないかと思う。

日木ルナ君を知った時、彼自身もすごいけれど、あれだけの事を子供に与えてこられたご両親もすごい、いろんな不思議な事が世の中にはたくさんあるけれどもルナ君の存在は愛や奇跡という言葉がとても現実味をおびて感じられる。

■今までの自分の人生を考えてみて、なぜいつもこんなに迷ってばかりで決断できないのだろうと自分で自分のことがうんざりしてくる事がある。

さんざんああでもない、こうでもないと試行錯誤したとしても結果がすぐにでるものでもなし、極端な話、何が良かったかなんて人生の終わりに近ずいた頃になって、ひょっとしたら分かるかもしれない、という程度かな、と思ったりする。
逆に、迷っている事でどこかバランスをとっていたのかもしれないし、今までの自分よりも選択肢や価値観を広げる事で自分自身を大きくしている時でもあったり、より柔軟でいれたとも思う。

自分の子供をもつ以前に小さな子供達に接する機会がなかった私が.最初からこれがすばらしいなんて1つの事に集中していたりしたら、どこかでポキッと折れていたかも、なんて考える時もある。

とにかく悩んだ結果か、どちらでもよかったのかは、わからないが今は結構自分の人生を楽しんでるな、と思える自分があるのだから結果がよければすべてよしとするかな・・・・。

■私は、プロ野球に関しては未だにルールもよくわからない程の野球音痴でもある。でもここ2~3年、テレビのニュースや新聞にのるちょっとした1言がすごいな、っといつも感心してしまう選手がいる。イチロ―だ。どんな大きな賞をとろうが世間に騒がれようが、淡々としているところがすごい。

彼の言葉はまるで孤高の武士か虚無僧のような感じがする。これから先、どんな活躍や生き方をして、どんな言葉を残してくれるのか、ちょっと楽しみだ。

■大学時代の友達が10年ぶりに電話をかけてきてくれた。なんだか若い頃にタイムスリップした様に感じる。(電話だからかもしれないが。)二人の子供が中学生になった時、しばらくは力が抜けてしまったと言っていたけれども、今はじわ~っと幸せだと感じるとか。

『幸せ』にもいろんな種類があると思う。でもやっぱりこの「じわ~と幸せ」が1番いいなと思う。

なんだか外からじゃなく自分の中から湧き出してくる感じがあってこういう満足感ってやっぱりそこそこ人生を生きてきた中年になってからこそあるんじゃないかと思う。
いろんな形でもう人生後半に差し掛かったようなのでこの「じわ~っと幸せ」な時間を出来ればたくさんつくっていきたい。

■どんな形であれ自分を表現するというのは、とても恐ろしいと感じる事がある。一体どんな風に思われるか、どこか変じゃないだろうか等など。

こんな時、自分がいかに競争や上下関係、世間体、その他人から評価される事に心を奪われてしまっているか実感する時でもある。

魅力的な人というのはやっぱり個性的なものをもってるかどうかにつきるんじゃないかと思う。
いつもいつもまわりの目を気にする必要もないし、逆にぼ~っとひとりでいる時間はとてもとても貴重だと思う。
もっとたくさんの人がいろんなところで個性や創造性を発揮しておいければ世界はもっと面白くなると思うんだけれども。

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